スープラの歴史
トヨタ・スープラの歴史は1977年の東京モーターショーで参考出品され、翌年の1978年にセリカの上級車種としてセリカXX(セリカダブルエックス)の名で発売されたことから始まります。
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日本ではセリカがスポーツクーペとして人気があり、その上位モデルとして命名されたセリカダブルエックス。
北米を中心とした輸出では、すでにスープラのネーミングが与えられていました。初代型のTA40/RA40系から直列6気筒のM型エンジンを搭載し、高級スポーツクーペとして歴史を刻んでいます。
スープラはその後1981年に2世代目のモデルへとシフトし、リトラクタブルヘッドランプを採用。名車トヨタ2000GTを彷彿させるようなデザインとなりました。
初代がスペシャリティカーとして歴史を始めたことに対して、2世代目のスープラGA60/MA60系はよりスポーツーカーとしての色が濃くなっています。
実はこの時代にはスペシャリティーカーとてソアラの存在があり、セリカダブルエックスは住み分けをしたといった所なのでしょう。
1982年には4バルブ直列6気筒DOHCエンジン、1G-GEU型が搭載された2000GTが登場します。ツインカム24のダブルエックスは、当時の人気ナンバーワンと言ってもいいスポーツカーでした。
日産のフェアレディZのような歴史の重みはないものの、若い世代を中心としてセリカダブルエックスは絶大の人気を誇っていました。そしてキープコンセプトのA70系が1986年に、いよいよスープラの名で登場します。
このときにトヨタがスープラに用意したキャッチコピーは、TOYOTA3000GTです。またモデル末期には直列6気筒4バルブDOHCにツインターボで加給した、280psを発揮する1JZ-GTE型エンジン搭載車も登場します。
レース活動としては3000ccの7M型エンジンを搭載した、ターボAで出場しています。グループAのレースでは、見事にデビューウィンをはたしています。
その後スープラは1993年にA80系に移行し、4世代目のモデルとなります。このA80系からはリトラクタブルヘッドライトをやめ固定式ライトに変更され、ボディもより曲線基調のグラマラスなスポーツカーとなっています。
搭載されたエンジンは、直列6気筒4バルブDOHCツインターボで280psを発揮する2JZ-GTE型が頂点。そしてノンターボ版でも230psを発揮しています。
この最終型のスープラはモータースポーツで活躍し、GTレース界では常にトップクラスの活躍を見せていました。
しかしスポーツカー市場の衰退から、スープラは2002年に生産を終了しています。今後ははトヨタがハイブリッドスポーツカーを開発する可能性もあり、スープラを凌ぐ高性能車の誕生が期待されています。
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